ある銭湯の閉店の日~敷島湯(三重・津)

世の中がコロナの渦に見舞われる中、
ある銭湯が5月1日をもってひっそりと閉店した。

それは、4月に入ってからのことだった。

月1程度のペースながらいつものとおり、ひとっ風呂浴びてから脱衣場の鏡をふと見返すと、一枚の張り紙が…。

衝撃だった。
正直、お客さんはガラガラというわけでもなく、設備も古いわけではないのに…。

 

 

そもそも、私と敷島湯の付き合いは小学生の頃からもう30年以上になる。

行き始めた頃はちょうど改装してリニューアルオープンした時と重なり、よくある湯船が2つ3つ程度ある昭和の銭湯ではなく、

・サウナ
・麦飯石風呂
・薬湯風呂
・うたせ湯
・電気風呂
・バイブラバス

と、当時にしては先進の設備であり、広さを除けばスーパー銭湯にもひけをとらない、さながら「銭湯2.0」(いや、1.5くらいか?)の先駆けといえる存在だった。

この看板をみた当時は、本当にオシャレなお風呂屋さんができたと感動さえしていた。

当時ご近所周りには4軒ほどの銭湯がひしめいていたが、いろんな風呂が楽しめるという点では群を抜いた存在だったこともあって、小~中学生のころは隙さえあれば父親と通いまくった思い出がある。

こどもの日には、マミーの小瓶(まだあるのか?)を風呂上がりにもらえたりと、寡黙な店主ながらもうれしいサービスをしてくれたのは今でも思い出に残っている。

ただ、高校生を境に、自分の中での敷島湯の存在感は徐々に薄れていった。

近所にぽかぽかランドという大型のスーパー銭湯ができたこと、やがて車が乗れるようになって遠方の健康ランドにも足を運ぶようになり、敷島湯のみならず銭湯全般にも行かないようになってしまっていた。

 

 

時が経ち、30代も終わりにかかろうとした頃、銭湯熱が再び盛り返してきた。

すでにぽかぽかランドは閉店して今ではマンションができているし、周りにあった銭湯も続々と閉湯して、もはや近隣で残っているのは敷島湯だけに。

子供が小学生になったこともあり、スーパー銭湯のようなエンタメ風呂だけでなく、昭和の色香残る銭湯を体験させてやろうとほんの半年前から行き始めていたところだった。

子供も銭湯の独特の雰囲気に興味を持ってくれたようで、行く?と聞くと喜んでついていってくれたし、行ったら行ったで「なんであのひと背中にお絵描きしてるのー?」なんてヒヤリハットな出来事もあったりと、それなりの思い出には事欠かない。

親子3代に渡ってお世話になっているし、それにしても日常に根付いた頃に、なくなってしまうなんて信じられない。。。

 

 

いろんなことが頭をよぎりながら、その日を迎えた。

着替えとタオルと石鹸だけレジ袋にねじ込んで自転車で連れ立って子供と向かう。

ついてみると、特に何も変わらない様子。

閉店することの張り紙なども入り口には貼っていない。

少し違うのはいつもなら必ず駐車場は数台空いているところ、この日ばかりは道に路駐ができるまで満車だったところ。

3密とはまではいかないものの、やはり閉湯を惜しむ方々がやってきているのであろうか…?

 

 

靴入れに靴を預け、番台へ向かう。

番台にいた妙齢の女性にお代を払う前にシャンプーも購入したいというと、一言。

「すみません、もうリンスしか残っていないんです。。」

銭湯ではおなじみのメリットの小ボトルが入ったカゴを見るともうシャンプーは売り切れで、リンスのボトルしか残っていない。。

と、すぐ隣にはエッセンシャルの大ボトルが。

「これ、代わりに使っていいので、お帰りにまた返してください」

間一髪、助かった。。
最後なのに、気を使わせて申し訳ない。

のれんをくぐると、ちょうど先客は皆浴室に行っているようで脱衣場には誰もいなかった。

このロッカーを使うのも今日が最後。

子供と一緒にそそくさを服を脱いて浴室へ。

すでに7~8人の先客がいらっしゃり、普段を考えるとやはり「最後だから混んでいる」と考えていいだろう。

 

まずは体を洗うべく左右にある洗面へ。

向かって右側はお湯のみ、左側は水とお湯がでるので、子供のことを考えて左側へ行く。

銭湯ならではというか、お湯は総じて熱い。

特にカランやシャワーの場合、最初はぬるくても徐々に熱くなってくる年代物なので注意が必要だ。

やっぱりというか、子供は熱い熱いと言いだすので水をまぜながら体を洗い、お借りしたシャンプーを使ってそそくさと洗髪。

シャワーの温度調節はできないので、大人ならガマンするところをギャーギャー騒ぎ出すのでカランから水を補給してその場をしのいだ。

 

そしていよいよ浴槽へ。


※参照:https://www.miesento.com/

まずは入り口最も手前にあるバイブラ風呂に。

ここは手狭ながら3つほどの強めのバイブラが噴射されていてメインとなる浴槽。

子供を誘って入るが、足だけつけるだけでイヤダイヤダと騒ぎ出す。

理由はひとつ。熱いから。

とはいってもまだここはマシな方で体感温度は42~43℃ほど。

なだめながら数分ほどリラックスし、隣の浴槽へ。

 

メイン浴槽とも言える麦飯石風呂と電気風呂。

この2つの中央にはお湯の湧き出し口があり、そこに人の頭くらいの麦飯石がどかんと沈めてあった。

温泉ではないのだが、それでも他の銭湯と違う価値を感じたものである。

過去形なのは、半年前に行った時にはすでに麦飯石が撤去されていてただの白湯になっているから。

その時は、老朽化のせいなのかなと思ってたけど、今考えると閉湯へのカウントダウンが始まっていたのかもしれない。

 

さらにこの風呂は敷島湯中、最高にクソ熱いフラッグシップ風呂。

おそらく体感温度は44~45℃。2~3分入れば体は激アツ、汗はダクダクと今の子供なら間違いなく逃げ出す温度である。

長居している大人もあまりみかけないのだが、今日が最後とばかりにザンブと浸かってみる。

あー熱い、昔はもっと入れていたと思うけど…こんなに熱かったっけ…、もう出たい。。

でも最後だし…とふんばりながら2分くらい耐え忍ぶ。

普通ならもう上がりたいのだが、一度脱衣室に戻って小休止。

 

 

少し涼んだ後一番奥にこじんまりとある薬湯風呂へ。

薬湯風呂は、灼熱地獄の敷島湯にあってのオアシス的存在。

湯温が41~42℃と低めに抑えられていて、比較的じっくり長く入ることができる隠れたスポット。

正直家庭用の風呂より少しだけ大きいくらいなのであるが、長い敷島湯ライフにあって、一番この風呂に長く浸かっていたと思う。

ここには小窓もあって外気も少しとりこめるから、お気に入りの風呂だった。

子供もここなら入れると、肩まで浸かってご満悦。

 

惜しむらくは、薬湯風呂と銘打ちつつ、肝心の漢方薬は入っていないこと。

昔は大きめの網袋が入っていて漢方薬の香りがプンプン充満していたのを思い出した。

 

しかし、普通の日ならこの薬湯風呂だけ入って出ることも多かったのだが、同じ温度のスーパー銭湯と比べて湯上り後の湯冷めが全くしないのはなぜだろうか?

水も特別ではないようだし、違いとすればこの銭湯はもはや残り少なくなった重油+薪で沸かしているようだからだ。

裏手にはこのような薪がたくさん保管してあった。

ご飯も薪で炊くと一味ちがうというし、やはり遠赤外線効果の面でガスとは違う効果をお湯に与えてくれるのであろうか?

ともかく、冬でもあたたかく、夏なら外に出たら汗だくになるくらいのほてり感がもう味わえないとなるとやはり少し寂しくなってしまう。

 

もう限界…というまでヤセガマンして入った後、お隣の打たせ湯に。

両肩に激突するように垂直落下に落ちる噴射は昔と変わらず、痛みさえ覚えるほどの強烈な水圧がウリ。

子供がやろうものなら問答無用に圧殺されるだろう(笑

昔なら痛くてすぐに退散していたのに、今では気持ちいいと感じてしまうところに加齢を痛感してしまう。

休憩をいれてもここらで限界…。そろそろ出る準備をする。

 

あ、そういえばサウナに入るのをすっかり忘れていた。。

入り口をすぐ脇に左手にはこじんまりとしたガス遠赤外線方式のサウナと水風呂が設置されていて別料金を払えばタオル1枚付きで入ることができる。

2~3人くらいのスペースで温度は90℃ほどの平均的なサウナ。

ただ、いつも子供がいるし、なかなか利用することがなく、ついに最後を迎えてしまった。

でもいいや、お風呂だけで発汗は十分だし、なにより滞在している間は常に人が出たり入ったりと繁盛していた。

 

18℃ほどの水風呂にすこしだけ浸かって脱衣場へ。

やはり最後の日だからであろうか、人の出入りは全く途切れることはなかった。

サウナから出て外気浴代わりにソファで休憩する人、これから入ってくる人、着替えを終えて帰る人、みな淡々とそれぞれの時間を過ごしている。

本当にいつもどおりのありふれた時間が過ぎていて、明日からもうなくなってしまうのが全然信じられなかった。

 

もはやみかけるのも少なくなったフジ医療器のマッサージ器。

昔3分20円で動かした記憶があったので入れてみたけど、残念ながらぴくりとも動かなかった、無念…。

 

学校にあるような体重計に乗ったりして涼みながら着替えをして帰路へつく。

のれんをくぐって、番台にシャンプーを返却してお礼を言う。

 

「ありがとう、おやすみなさい」

客が帰るときには必ずこう声をかけてくれる。

もう何十年も同じ声を聞いてきた。

番台前のソファには、一息ついているご老人の方がゆっくり佇んでいる。

靴を履き、外の空気に触れると、それまでの熱気から一気に開放されたようにさわやかな空気に包まれる。

 

「ただ単にコロナのせいで一時休業するだけなんじゃないのかなー?」

外でタバコをくゆらせながらそう疑ってしまうくらい、いつもと変わらない普通の風景が流れていた。

コロナがなかったら、さらに人も多くて、名残を惜しむセレモニーもあったのだろうか…?

 

 

翌日、やはり信じられず、様子をうかがいに自転車を走らせた。